仏教のモチーフを描く仏画(タンカ)。絵の具と筆で描くもの以上に、糸と針で刺繍した作品は手間ひまがかかるため気持ちがよりこもったものとして人々に大切にされています。
チベット仏教を国教とする唯一の国、ブータンで職人さんたちが制作しているブータン刺繍のタンカはとても色鮮やかで生命力を感じることが出来ます。
菊池先生はブータン刺繍に魅せられて、現地の工芸学校へ初の外国人留学生として入学・卒業されました。現在は色とりどりの絹糸で丁寧に仕上げてゆく手作りの時間の醍醐味を、仙台・東京でお教室を開き生徒さん達に伝えています。ブータン刺繍にまつわる様々なお話を伺いました。
―ブータン工芸学校での一日はどのように過ごしていらっしゃったのですか?(時間割や教科はどのようなものだったのでしょうか?)
新学期は3月から。7月頃に中間テスト、11月末に期末テスト。中間テストの後2週間くらいの夏休み、12月~2月は冬休み。年によって多少ずれます。授業は、月~金は9時~16時。昼休みは13時から1時間。午前中に15分の休み時間。土曜日は13時までの半日授業。
週一日はドローイング(絵)の日があり、図案の勉強(線描のみで彩色はなし)。残りの4日半は、ずっと刺繍。レクチャーはなく、ずーっと実技のみ。
―ブータンの刺繍職人の制作・継承スタイルは、わたしたち一般人が描きやすい日本の伝統職人の「職人気質」の精神(技を見て盗む・師弟関係・寡黙なイメージなど…)と似ていますか?
学校とはいえ、先生がずっと付きっきりで指導というよりは、要所要所を抑えて見回る感じで、上級生に聞いて刺繍する事も多く、兄弟子にみてもらいながら修行する職人工房の気配がある学校でした。
技を見て盗むというわけではありませんが、先生は日本でイメージする先生よりももっと尊敬されていて近寄りがたく、生徒が気軽に声をかけるというフランクな感じとは少し違います。ただ、私は年齢もほかの生徒たちよりずっと上だったし、外国人の図々しさもあり(私個人の図々しさかも)、あまり躊躇なく先生に質問していました。
先生たちは実際はとても気さくで、聞けば何でもこたえてくださっていましたし、授業以外では、けっこう慕われていました。
職人工房というイメージだった伝統工芸学校。実技を積み重ねて技術を吸収してゆく日々を送っているととても沢山の作品が蓄積されてゆきそうです。尊敬を集め話しかけるのもはばかられるような先生像は、最近の日本ではほとんど見ないのでは。
―師匠のシンゲ・カム先生から、制作や人生において影響を受けたような言葉などがありましたら教えていただけますか?
特に言葉はありませんが、何より刺繍の素晴らしさを尊敬しています。あとどのくらい修行したら、先生のような作品を刺せるようになるのだろうと、今も思います。まだまだ道のりは遠いです。
日頃のにこにことやさしいイメージとはガラリと違い、作品はすみずみまで丁寧で隙のない、素晴らしいものです。
―もし、展示をするとしたらやってみたいところはありますか?
作品展は、仙台で2010年11月、東京で2011年2月に開きました。次は2015年にブータンで作品展を開くことを目標にしています。
日本人が刺したブータン刺繍をブータン人に見てもらおう!と、皆さん夢膨らんでいるところです。私も、卒業後胸を張って見てもらえる作品を作っていますよ、と言えるよう、頑張らなくては…。と、私は冷や汗です。
現地の先生達もとても喜ばれそうな企画まであと2年!さらにお教室が充実していく予感がしますね。
―お教室の開設から5年ほどになりますが、変化したこと、または変わらないことは何ですか?
皆さんがそれぞれ力をつけてきていますので、説明していて伝わりやすいことが多くなりました。新しくいらした方も、先に進んでいる方たちの作品を見て、励みになっているようです。
うちの教室の変わらないテーマは「レッスンに来ることを楽しむ」です。作品をどんどん進める事が楽しみな方はどんどん進みますし、教室に来ることが息抜きで楽しみな方は、教室でしか針を持たなくてもOK!好きで楽しんでいただくことが一番大切だと思っております。なので、同じ作品でも、3ヶ月で仕上がる方もいれば、1年以上かかる方もいます。自分の作品をいとおしみ、大切にしていただけたらうれしいです。
―初めてブータンの手織布に出会ったのがネパール旅行だったと伺っておりますが、今まで訪れた事のある外国は何カ国ほどあるのでしょうか。また、旅先を決める際の決め手がありましたら教えて下さい。
住んだことがある国は、中国、エチオピア、ブータンの3カ国です。
旅行で訪れたことがある国(と地域)は、ネパール、タイ、香港、インドネシア、オーストラリア、ヴァヌアツ、シンガポール、ドイツ、イギリス、アメリカ、カンボジア、台湾、インド、でしょうか。
どこか抜けているかも…。
旅先を決める決め手はなんでしょう。「縁」ですかね。最近は、刺繍用の布を買いに行ったり、ブータンに里帰りしたり、海外はそんな感じでしか行っていませんが、縁があれば、行ってみたくないところはありません。好きなのは香港とインド。もう、いつでも理由なく行きたいです。相性がいいようです。でも、行って後悔したところはありません。アフリカにも、もっと行きたいです。
2年後にブータンの地で作品展を催す目標は、菊池先生が留学時代に育んだ「縁」に対する「お返し」のひとつでもあるようで非常にロマンを感じました。これからもどんな「縁」を刺繍が運んでくれるのか、とても楽しみですね。
どうもありがとうございました。
菊池多絵先生のお教室、「Bluepine ブータン刺繍教室」の情報はこちら
http://www.geijutsumura.net/learn_detail_l0000425.html